「世界最小車載ステレオカメラ」の開発。
基線長80ミリへの挑戦!!

自動ブレーキなど、今やクルマの衝突回避システムは当たり前の装備となってきている。
そうした中、リコーインダストリアルソリューションズ(略称:RINS)でも、これまで培ってきた技術を活かした車載カメラの開発を進めていた。車載ステレオカメラはクルマの眼であり、衝突回避システムにおいて重要な役割を担っている。 そして、2015年4月、RINSに「世界最小車載ステレオカメラ」の実現に向けたプロジェクトチームが結成された。
そのプロジェクトを通して、世界初を生み出すための苦労と開発に対する熱い想いなど裏話を追った。

  • 設計推進リーダー
    清水 隆好

    オートモーディブ事業センター
    制御技術開発室 (当時)

  • 工程設計リーダー
    木邊 剛

    オートモーディブ事業センター
    生産技術室 (当時)

できるという確信を持ってからスタートしたのでは意味がない。

今では当たり前の装備となってきているクルマの衝突回避システム。その重要な役割を担うのは、クルマの眼となる車載カメラだ。当時、高性能カメラとして、他社のステレオカメラがシェアを拡大していた。そうした状況の中、RINSに、これまでにない“世界最小の車載ステレオカメラ”の実現を目指したプロジェクトチームが結成されたのは、2015年4月のことだった。
プロジェクトリーダーの清水は、当時を振り返り「当社のカメラ分野の高い技術力は、車載カメラでも充分に活かすことができると、2010年頃から研究所で車載用ステレオカメラの研究を進めていました。カタチが見え始めた頃に営業が加わって事業化の話がまとまり、プロジェクトがスタートしました。」と語った。

ただ、ステレオカメラの原理上、正確な距離を測定するためには、基線長(左右カメラの間隔)が広い方が有利である。ボディ部分を小さくしなければならない“世界最小の車載ステレオカメラ”の開発は、原理と相反するテーマであった。
「大手自動車用部品メーカーとの共同開発が決まり、基線長が80ミリで、ボディサイズも世界最小サイズという開発構想が確定したときは、驚きと不安が入り混じっていました」と、工程設計リーダーを務めた木邊は言う。
当時、他社のステレオカメラの基線長は300ミリ超。いきなり、その四分の一を実現しようというのだ。「本当にできるのか?」というのが、木邊はもちろん、プロジェクトメンバー全員の正直な思いだったのである。

清水はそのときのことを「研究所での研究結果やマーケットリサーチなどの結果から、やれるという見込みは充分にありました。あくまでも見込みレベルでしたが」と笑う。
しかし、完璧にできるという確信があってスタートしたのでは、他社に先を越されてしまう。特に世界初を作り出すのであれば、僅かな可能性と見込み、そして開発を絶対成功させるという熱い想いが揃ったときがスタートであり、そのときにスタートを切らなければプロジェクトを進める意味がないのである。

測定距離のズレを防ぎ、生じたズレを補正する

これまでRINSが主に手掛けていた製品の保証期間は1~2年程度だったが、クルマは20年。車載製品の開発が初めてのRINSにとっては、戸惑いもあったが、その点は大手自動車用部品メーカーも承知し、話し合いを何度も重ねていった。当然のことながら、意見の食い違いや当社にとって無理と思われるような要求もあった。しかし、それはRINSの技術力への期待の大きさの表れでもあった。
「20年という長い製品保証期間を担保するために、図面に書かれていない素材の特性や最適な加工の仕方など、より深い知識が要求され正直大変でした。でも、そのお陰で、機械的な知識や材料的な知識など異分野の知識が身に付きましたし、物の見方が広がったと思います。」と清水。

木邊は「量産を実現させるための工程設計でも、工程数が多く苦労しました。理論に基づいて仮説を立て、実験した結果と照らし合わせて一つひとつ解析していきました。」と語る。
そして、何よりも一番苦労したのは、測定距離に生じるズレであった。RINSにはこれまで一眼レフカメラやコンパクトデジタルカメラなどをはじめ、さまざまなカメラを開発してきたメンバーがいた。しかし、同じカメラという名称であっても、車載ステレオカメラは全く別物といっても過言ではない。
カメラに物理的なズレが生じたとき、カメラ(基線長)が小さいと測定距離のズレが大きくなる。そのズレを最小限に抑えること、ズレが生じたとしてもそれを補正していくことが技術課題だった。その課題を解決するために、プロジェクトチームのみならずリコーグループ一丸となって、リアルタイム視差補正処理技術などを新たに開発していった。

車載カメラの性能に影響するフロントガラス

クルマの眼となる車載ステレオカメラは、視野が確保でき、かつ風雨に曝されない場所、すなわちフロントガラスの内側に設置される。新たな技術の開発などで試作品づくりまでたどり着き、いざ実際にクルマに搭載してみると、フロントガラスの曲面等が距離測定に影響することがわかった。
清水は「フロントガラスを通した際に、わずかですが光がゆがみます。それを補正することを検討しましたが、なかなか上手くいきませんでした。」と言う。

試作品の実車試験の日から、新たにゆがみとの闘いがスタートしたのである。自動車用部品メーカーからフロントガラスだけを借り、さまざまな(何枚もの)ガラスの曲がり具合を測定して、距離測定への影響を最小限に抑えるような技術を開発した。それだけでなく、フロントガラスの製造会社にも足を運んだ。フロントガラス製造段階で生じる誤差も加味することで、距離測定の精度を上げていったのである。そうした努力がキャリブレーション技術(画像のゆがみ等の補正)として実を結び、フロントガラスによる画像のゆがみの問題は解決した。その他にも、カメラ本体を小さくすることで、電子回路動作で発生した熱をどう放熱させるかなどの問題もあった。しかし、仮説→シミュレーション→検証のプロセスを繰り返し、一つひとつ課題を解決することで、世界最小の車載ステレオカメラが現実のものとなっていったのである。

量産体制確立。そしてこれからの課題。

開発課題をすべてクリアした製品は、量産へと入っていく。しかし、この量産段階でも苦労があった。
「車載製品の生産数量は何万台というレベルなので、量産体制を確立するのも大変でした。クリーンルーム増設のために花巻事業所の駐車場の一つをつぶしましたから」と、木邊は当時を思い出して笑った。
その木邊をはじめとする工程設計メンバーの力によって、現在、量産では5つのラインが稼働している。
「ただ、外観検査など人が判定する工程もあり、自動検査装置などを導入していくことも急務です。また、販売価格を下げるための製造ラインの改善や、更なる増産体制の確保、品質向上など、本当に課題はたくさんあります。」と木邊は現状に満足せず、先のことを考えている。
「今回実現した基線長80ミリは、ルームミラーに隠れるくらいの大きさなので、ドライバーの視界の邪魔にならないという点は充分にクリアしています。今後は、更なる高性能化や新たな付加機能が求められるのは間違いないでしょう」と、清水も先を見据えている。

プロジェクトは終了したが、次に向けての課題はまだまだある。というよりも、一つクリアすると、より良くするための新たな課題が生まれてくる。そうした次々と生まれる課題を解決していくことが、開発という仕事の本質であり醍醐味でもある。
振動や熱といった負荷がかかるクルマに載せるカメラを20年間製品保証するという、初めての経験をクリアしたプロジェクトメンバーの顔からは、自信と誇りが感じられた。今後、他社との開発競争も激しさを増していくのは目に見えている。性能はもちろんだがコスト面でも低コストが課題となってくる。
それに対して清水は「コスト面だけで言えば、単眼カメラの方が優位です。その中で、単眼カメラでは出来ない機能を高性能のステレオカメラで、しかも低コストで実現していくことが必要不可欠ですし、それが私たちの存在価値だと思っています。」と力強く語る。
「生産設備を可能な限り自動化していくことで、更に製造コストを下げていきたいですね。工夫の余地はまだまだあります。それを実現していくためにも、新しいことに積極的にチャレンジしていく人たちに入ってきて欲しいですね。」と木邊。

学生の皆さんへ

さらに木邊は「私たちの仕事は、機械分野担当だから機械の知識だけあればOKというものではありません。電気・電子分野とも深く関わりますから、幅広い知識が求められます。自分の学生時代の専攻にこだわらず、いろいろなことに興味を持つ好奇心旺盛な人がいいですね。また、設計というと席で黙々と仕事を進めていくイメージを持つ人も多いですが、そんなことはありません。社内の他部署はもちろん、部品メーカーの担当者など多くの人と接します。相手の話を聞くのはもちろんですが、自分の意見をしっかりと発信していく力も必要です。」と続けた。
「RINSには、そうした人たちが活躍できるフィールドがたくさんありますし、環境も整っていますから、これから入ってくる若い力に期待したいですね。そうした若い力と一緒に、車載ステレオカメラはもちろん、カメラ以外の車載製品の開発にも挑戦していきたいと思っています。」と清水が締めくくった。